東京高等裁判所 昭和37年(う)1347号 判決
被告人 小沼和由
〔抄 録〕
所論は、被告人操縦の自動車が被害者に衝突して、顛倒、負傷せしめたことは明瞭であるが、その時は被害者はなお生存していたのであつて、同人が死亡するに至つたのは、その際反対方向から疾走して来た久米省作のトラツクに轢かれたためであるから、被告人の所為と被害者の死亡との間には因果関係ありとすることは疑わしい。よつて被告人には業務上過失致傷罪の責任は免かれないとしても、同致死罪の責任はないと主張する。なるほど記録によれば、被告人は大型貨物自動車(ダンプカー)を運転中、追越禁止の交差点である原判示場所において先行の大型貨物自動車を追越そうとして、時速約六十五キロに加速して道路中央線より右側に出て進行したため原判示の如く被害者の搭乗せる第二種原動機付自転車に衝突し、同人をその場に顛倒させたこと、この事故を目撃した飯沼満夫外数名のものが(被告人を含む)かけつけ被害者を救護せんとしたが、折柄反対方向より久米省作の運転する大型貨物自動車が進行して来たので、飯沼らは身に危険を感じ被害者をそのまゝ放置して待避したところ、その瞬間久米は被害者を轢過して、結局同人をして死亡するに至らしめたことを認めることができる。従つて被害者を直接轢過死亡せしめたものは久米であることは明らかであるから、同人の責任は重大であることは多言を要しないところであるが、同人が被害者を轢過するに至つたのは、同人の過失の如何は別として被害者が原判示場所に顛倒していたからであり、もしそこに顛倒していなかつたならば久米と雖もその際被害者を轢くことはなかつたといい得る。しかして被害者の右顛倒は偏えに被告人の原判示の如き自動車運転者としての業務上の注意義務を怠り、無謀な追越をなさんとした過失により、被告人の運転する車を被害者の搭乗せる原判示自転車に衝突せしめた結果であることが証拠上認められる以上、仮りに被告人が顛倒せしめた時に被害者が未だ生存していたとしても、又直接死亡せしめたのは久米の無謀操縦の結果であるとしても、被告人の前記注意義務を怠つた過失による行為と被害者の死亡との間に因果関係がないとはいえない筋合である。しからば被告人の行為により被害者が顛倒し、死亡するに至つた本件においては、被告人は業務上過失致死罪の責を免かれないことは明らかである。
(三宅 東 井波)